詩の出処
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岡本弥太 詩集「瀧」より
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懸崖
最近妻を亡くしたその若い友人の画家は
はるの日の
あらうみの懸崖で一人一心に美しい海のけしきをかいてゐた
私はその友人が
あたゝかさうな丹のいろや澄んだ波斯青を使つて
海とそらのけしきを染めあげてゆくきもちにぢんとうたれてしまつた
画家はあきらかに
亡い妻の像をその光るあぶら絵具でつゝんでゐるのだ
人のみちとは何か
このころ何もわからなくなつてゐる私に
その絵は
あたゝかい日の光のはてからくる大きな瑠璃いろの信仰をしめした
私は
生涯の一つの高みから
その友人の日に焦げた華奢な指が描いてゆく
はるの浪ある切ない一人の愛の風景を眺めつゞけた
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